こういうのでいいんだよな、と思うこと

学生の頃はよく深夜にコンビニに行ったり、カラオケに行ったり、カップ麺を食べたりした。高校を卒業して、一人暮らしを始め、自分で自由に選択ができることが嬉しかった。

 

一人暮らしをはじめてもう7年になるというのに、田舎育ちだったからか、生活に困らない街で暮らせていることが未だにとても楽しい。

 

家では音楽の仕事を、外では接客業を。自分と向き合う仕事と、他者とコミュニケーションをとる仕事を日々繰り返しているため、心休まる日はほとんどない。

 

しかし、そんな働き詰めの日々の中でも、唯一の休みとなる日は、友人と会って遊ぶと決めている。次月シフトを考えるとき、音楽の仕事のスケジュールを軸にしつつ、友人と会う日を決め、その他は全てバイトで埋めるようにしている。

 

自分の体調が万全なことが前提なスケジュールなので、少しでも予定がずれるようなことがあると大変なのだが、そうならないためにひとつひとつ責任を持って行動するよう意識している。

 

しかし最近バイトの人たちでご飯に行くことが増えた。年齢が近い人もいるが、基本的には学生たちだ。自分と3〜6歳離れた子たちと話していると、学生ならではの若さがある…!と思う場面もあるが、私に対して変に気を遣うわけでもなく、かしこまるわけでもなく、歳は違えど外で会う時はみんな"友達"として接してくれて嬉しい。

 

スタッフさんたちで集まって花火がしたい!という話が各時間帯で出ていたようで、じゃあ来れる人集めてやりましょう!となった。学生の企画力とフットワークの軽さってすごいな…と感心しっぱなしである。

 

でかい公園に行こう。仲良くなりたいからご飯に行こう。夏だから花火をしよう。学生らしい遊び方かもしれないけれど、私はこれで満足だしとてもいいと思う。

 

大人になると集まって遊ぶということが難しくなるし、貴重な休みを使って学生みたいな遊びをしてくれる人は少ないだろう。ランチや飲み会をして近況報告し合うような、落ち着いた集まりになる。

 

私がバイトをしているからだろうか。気持ち的にまだ社会人になれていないからだろうか。もっと気楽にふざけた遊びをしたいんだよなと日々思う。

 

小学生みたいな中身のない遊び。一緒に遊んでくれる人たちと、同じ時間を共有できるだけで嬉しいではないか。

 

何をするとか、どこへ行くとか、何を食べるとか、もちろん大事なことかも知れないけれど、誰と一緒にするかが最も大切だよなあと、ぼんやり思うのであった。

強くあれ

24歳になった時に、つらいときつらいと人に泣き付かないようにしようと決めた。

 

自分で対処できない時だけ、どうしても誰かのサポートが必要になった時だけにしようと。

 

別に何かきっかけがあったわけではないが、私がただ単に、このままではいつまでたっても自分で考えて自分で決めて自分の力で生きて行けないのではないかと不安に思っただけだ。

 

弱音を吐かないことが強さではないが、だからといって甘えすぎるのも良くないなと思った。

 

バイト先では歳上の方と学生バイトたちとの、ちょうど中間の年齢のため、程よくこき使われるし教育係もやっている。

 

仕事とプライベートは別かもしれないけれど、私はもう教わる側から教えていく側へと、そういう年齢になってきたのだ。

 

人に何かを教えられるほどの人生は送っていないが、いろんな場面で挫折や葛藤とは向き合ってきた。

 

気持ちの切り替え方や、物事の考え方も変わってきた。私も誰かの力になれるくらい立派な大人になりたいものだ。

 

誰かに優しくなれる人は、気持ちに余裕のある人だと思っているので、私も自分のやることはこなしつつ、情緒不安定にならぬよう時々息抜きをして、身近な人たちと楽しい時間を共有したい。

 

自分に自信のある人はとてもかっこいい。私もそうなっていけるように、内面も大事だがまずは猫背を治そうかなと思う。

 

凛とした強い女になりたい。

いつだって自分が一番の味方でありライバルだ。人と比べて生きるのではなく、常に自分が好きな自分でありたい。それが結果として、誰かからかっこいいと思ってもらえたらとても嬉しい。

 

 

なんとなく、

自分の機嫌は自分で取る。

これの意味がやっとわかってきたような気がしている。

 

しんどいとき、しんどいと声に出さない。うまくいかない時、才能がない努力が足りない等と自分を責めない。大切なのは失敗を繰り返さないよう次に活かすこと。

 

分かっているようで分かっていなかったことが、なんというか、一種の諦めのようなものでもあるかもしれないけれど、クヨクヨしても仕方がない、そう思えるようになった。

 

例えば、今にも泣きそうで苦しいときでさえ、そんな時間があるなら早く寝た方がいいし、どうしようもないならコンビニへ行って食べたいものを買った方が良い、など。

 

我慢をしているわけではなくて、今日はもう無理という諦め。明日になったら残りの仕事を終わらせようという気持ちで眠る。

 

いろんなものに守られて生きてきたから知らなかった。適当に生きても、その日暮らしでも、楽しいことや嬉しいことはある。

 

今すぐ解決できないずっと遠くの未来のことを考えて不安になって情緒不安定になる必要はないということ。

 

たった1分先のことでさえ分からないのに、何を不安に思う必要がある。そう思えるようになってきた。目の前のこと一つ一つ、それで良いらしい。

 

ただ、頭では分かっていても、どうしようも無く泣きたい気持ちになる時はある。

 

こういう時は誰に何をどう話せば良いかも分からない。ただ、1人ではないということを実感したいだけなのだ。

 

突然襲われる孤独感を埋める方法は、家族、友人、恋人などが考えられるが、こんな時間では迷惑だろう。

 

解決策のない不安は人に話したとて解決しないし、相手に気を遣わせるだけだし、自分も相手も楽しい気持ちにはならないことは分かっている。

 

どうしようもない不安や悲しみを感じなくていいくらい、忙しい日々を送りたいものだ。

 

ブログは良い。自分の気持ちを可視化できて落ち着く。働くのも好きだ。接客するのはとても楽しい。それでも埋められない孤独感は、大切な人がそばにいてくれたら、少しは和らぐのだろうと思ったりする。

 

などと、また先のことをぼんやり考えては「考えてもしゃーないな」という気持ちになり、悲しい気持ちもすっかり忘れて眠りにつくのであった。

親と子

自分が大人になって、色んなことを自分で選択して生きられるようになって思うのは、両親への不信感だ。

 

本来ならば、大人になるにつれて1人の人間として親と対等に話ができるはずなのだが、うちの両親はそうでもない。

 

理不尽に怒られたこと、話を聞いてもらえなかったこと、自分の中でまだ消化できてない出来事がたくさんある。

 

外では良い子であるよう教育を受けてきた。目立つこともしないよう言われてきた。それらは果たして私のためだったのだろうか。親として立派な子を育てたいという願望のためだったのではないかと思う。

 

それが悪いとは思わない。現に私は一般常識的なマナーを身につけられている。

 

それでも、学生時代の友人や、過去お付き合いさせて頂いた人の家族の話を聞いたり、見たりする度に、私は家族と居てもこんなに楽しく笑えてなかったな…と寂しくなるのだ。

 

保育・教育系の大学で、子どもとの接し方や伝え方を学んだり、福祉関係の勉強の中で気になった機能不全家族について調べたりした。

 

親から大切に育ててもらったことも、お行儀の悪いことをしないよう言われてきたことも、私のためだと思える瞬間と、親の自己中心的な発言を思い出し許せない気持ちもある。

 

唯一救いなのは、姉妹揃ってうちの親は異常だったという共通認識があることだ。

 

私が親に抱いている不信感は姉にもあるということを知った時、紆余曲折あったが本当に家を出てよかったと思う。

 

家族を大切にできる人を尊敬している。私は親の顔色を伺い、親の地雷を踏まぬよう当たり障りのない会話しかできないため、実家は窮屈極まりない場所だと思っている。なので、家族と笑い合ったりふざけ合える関係がある人を羨ましく、憧れてしまう。

 

両親と関わると精神的に疲弊してしまうので、極力連絡は取らないようにしているし、何年も帰省していない。

 

過度な期待、過度な失望、過度な愛情。どれもが私にとってはストレスであることを両親は気づかず、執拗に関わりを持とうとする。今更「大切に思ってる」など言われても、ならあの時のあなたのその言葉は私を思っての発言や態度だったのかと、嫌な記憶が蘇り腹が立ってくる。

 

正直な自分の気持ちを伝えると、それが親の癪に触る度に発狂され、ご飯も作らなくなる。高校生だったので自分で用意したが、この頃から親への信頼を失っていった。都合の悪い時は察しろと言わんばかりに不貞腐れる、子どものような親にうんざりだった。

 

なぜ会話ができない?と言ったことがある。さらに怒らせてしまった。でもよかった。会話ができない親だと分かった時全て諦めがついた。結局私が「対面で会話できないなら手紙でも書けば」と言ったら、机に手紙が置かれていて、親はこれで仲直りと判断し、いつも通りの生活に戻った。

 

昔は何とも思わなかった両親のことが、今は全然好きになれないし、でも嫌いになりきれない。たまにこういったことを考え、自分のことが嫌になる。

モチベーションとは

これは完全に私の自己管理不足だからギャーギャー言っても仕方ないことなのだが、納期が近いのに何も完成していない。

 

お仕事をいただけるというのはとても幸せなことだ。なるべく引き受けたい。

 

しかしどうだこの業界、スケジュールタイトすぎだろ!

 

今回の件、数ヶ月前にお話はすこ〜し聞いていた。実際に私が担当するか分からない状況だったし、その後全く話がなかったから消滅案件かと思っていた。

 

バイトも現在進行形、むしろ社員になれるレベル(?)で働かせていただいている私にとってスケジュールの変更というのは、ドミノを間違えて倒してしまった時のようなストレスを感じる。

 

空いた時間で出来る仕事を細々と入れていることもあり、突然の仕事や時間変更の融通がほとんど効かない。

 

もしそういうことがあったときは睡眠時間を減らせば良いので、相手側からしたら融通の効く人間として認識されているだろう。全然キツいけど。

 

じゃあもっと余裕をもってスケジュール管理しろと思うかもしれないが、無理です。なぜなら今のカツカツスケジュールをしないと生活ができないからです。死んじゃう。

 

もちろん遊ぶ時間やお金は別に確保しているので息抜きをするくらいの余裕はある。

 

ついでに言えば「納期が!!!」と言っているのは納期の3日前である。つまり納期は3日後なので余裕ではある。

 

修正作業やご要望に対応できるように早めに提出したいがために、タイトなスケジュールをさらにタイトにしているのである。

 

気が狂ってしまう!!!!!!!!

 

明日もバイトがあるので今日中には寝たい。しかし何度も言うが、お仕事をいただけることは本当に幸せなことなので、気が狂う!!とか無理すぎる!!!!と言っているのは全然本当です。本当すぎる。気は狂う。でもありがたいことである。

 

そろそろネイル変えに行かないと爪が長すぎて生活に支障が出るな。大声出したい気分だが、夜なのでやめておきます。やるぞ〜…。

 

 

公園で遊んだ

今年の春、とあるライブに誘っていただいたとき、本番の数日前に都内のスタジオを借りて練習をしていた。

 

本番までの連日、練習→夜ご飯→公園に行くという流れが固定化された。

 

ライブが終わった後は頻繁に連絡を取ることはなかったけれど、とても心地の良い距離感の人たちなので、突然「公園に行きませんか!?」と声をかけられても即決できた。

 

1人は知り合って1年くらい、他2人は今年の春に知り合ったので、自分の中で新しい友達である。

 

特別楽しくて爆笑しあう仲ではなく、ただひたすら散歩をしたり、それぞれでゆるく会話を楽しんだり、公園を見つけたらブランコで遊んじゃう人たち。

 

学校帰りみたいな遊び。楽しく思えるのは彼らの人柄なのだろうと思う。

 

こうして公園へ行こう会当日。

土曜ということもあり、まず人が多い。そして灼熱の中を何時間も外を歩き回るのは正直大変であった。ペットボトルを何本買ったことか。

 

今回はスワンボートに乗ることが目的だったが、無事に達成できてよかった。私がスワンボートのことを"アヒルボート"と呼ぶたびに、一緒に乗った人から「白鳥ですけどね」と、いちいち釘を刺されたのが面白かった。

 

ボートを30分間漕ぎ続けるのは、思ったより体力のいるものだなと実感した。数年前に乗ったときはこんなに疲れなかった気がしたんだけどなあ。

 

次はもっと涼しくなったら…と全員が苦笑いをしながら、それぞれ帰路につく。夏場の公園は余裕で人を殺せるものだと実感した。

 

楽しい疲労感を抱いて眠りにつく様は、小学生の夏休みそのものだった。

 

夏はそんなに好きではないけれど、たくさん汗をかいて、頭がぼーっとして、何も考えられず涼むことしか出来なくなるあの瞬間は、視界がスローになり音が遠くなって、異空間に飛べそうな気持ちよさがあった。少しクセになりそう。

熱中症の症状だからクセになってはいけないのだけど。

 

水分補給はこまめにしよう。

 

外国人のおじさま、ありがとう

昨日店長から「キミの最寄り店舗から機材を借りてきてほしい」と連絡があり、何も考えずに「承知しました」と返信をした。

 

そして出勤前にお店に寄って「機材受け取りに来ました〜」と言うと、スタッフさんが「あ、持っててくださいね…」といって、奥から馬鹿でかい段ボールを持ってきた。見た感じ横75cm、縦15cmくらいの横長のデカい段ボールを目の当たりにして、

 

「デッッッッカ!!!!!!!」

 

と、店内に響き渡る声量で声を上げてしまった。ハッと我に帰って「思ったより大きいですね…」と言い直した。まじでデカい。

 

「結構重たいし、今日外暑いのに大変ですね…。私もできれば手伝いたかったですが…」と申し訳なさそうにデカい段ボールを引き渡すスタッフさん。

 

「全然大丈夫ですよ!ありがとうございます!」とマスク越しでも伝わるほどのキラキラの笑顔でご挨拶をして、これをどうやって持って行くかを少し考えた。

 

考えた結果、両手が塞がるので日傘をさせないことに絶望し、大量の汗が出てメイクが崩れることに絶望し、出勤前にコーヒーが飲めないことに絶望し、全てを諦めて灼熱の中デカくて重い段ボールを抱えて駅へ向かった。

 

重すぎて持ち続けることが困難なので、腕が限界に達したら床に置いて休憩しながら移動した。途中で全てを諦めてしまったので、「頼まれた荷物重すぎて大変なので出勤遅れます」と店に連絡してゆっくり行くことに決めた。もういいんだ。

 

飲み物買いたいし涼みたい…と思いながらNewDaysを横目になんとか改札を通り、灼熱のエレベーターに乗ってやっっっとホームに着いた。

 

この時点でヘロヘロになってしまい、荷物を地面に置いて、電車が来るまで日陰に座って、ハンカチで汗を拭いたり風をあおいだりした。

 

電車が到着し、荷物を持って乗車しようとしたら、突然「オモタイヨ!モツヨ!」と見知らぬ外国のおじさまが声をかけてくださった。

 

確かにこのデカくて重い荷物を見た瞬間、誰かに手伝って運んでもらいたいなと思ってはいたけれど、まさか声に出ていたのだろうか…。いや…そんなはずは…。

 

しかし時刻は8:45頃、出勤前だと申し訳ないなと思い「大丈夫ですよ!ありがとうございます!」と伝えたが、「イイヨ!オモイヨ!」といって荷物を持ってくださった。

 

電車に乗ると「ソコスワル」と、私が座れそうな席まで教えてくれて、至れり尽くせりありがとうすぎる…!!!!!!という気持ちで座った。流石に疲れた。

 

「次の駅だからもう大丈夫!ありがとう!」というと、ジェスチャーでOKサインをくれた。クールだ。

 

そして電車を降りるときに荷物を抱えた状態で「さっきはありがとう!助かりました!」とおじさまに声をかけたら、「オモタイネ、イイヨ!」といって、荷物をまたヒョイと持ってくれて、神様…!!!!となりながら改札まで向かった。

 

「ニホンゴ、スコシワカル!」と言っていたが、とても上手だったので「すごくお上手です!」と伝えたら「ヨル、インターネットデ、ベンキョシテル」と言っていた。独学だとしたらすごすぎるし、インターネットで得た日本語滑らかすぎだろ!

 

話し言葉で書かれた文に多く触れているからか、接続詞も使えていてとても上手だった。本当にお上手で何も考えず普通に会話しちゃって「ユックリ、オネガイネ」と言われたりした。配慮ができずごめん!!!!!!!!

 

改札でまた「ありがとう!助かった!」と声をかけたら、「コレ、ドコモッテイク?」と言って改札を一緒にと思ってくれて、結局私のバイト先まで運んでくださった。

 

「アナタカワイイネ」

「カミノケ、ソレハ"キイロ"ネ!キイロスキ!」

「オシゴト、ナニシテル?」

「コドモ、イル!?」

「ウタウノ、スキ!ナニウタウ?」

など、たくさんお話ししてくれて超ハッピー!関東に住んでだいぶ経つけれど、見知らぬ人にこんなに親切にしてもらったの初めてかもしれない!

 

道中おじさまが、電車を降りて次の改札まで走る人たちを見て「ナゼハシル…?」って困惑してたのがよかった。「アナタモ、ハシル?」って聞かれたから「私は走らない!暑いから!」と答えたら「ハシラナイヨ〜(よね)!ニホンジン、ナゼハシル〜?」と言っていてすごくよかった。

やっぱり日本人の朝は余裕なく見えるんだねえ…。

 

そして私が働いているお店に到着して、少しお話しして、お見送りしたときに、「よかったら今度お店にもきてね!」といったら「キテ…クル…」と難しい表情をしたので、知らない日本語だったかなと焦っていたら「キテ、クル、オナジ?」と聞かれて、日本語って難しいよね〜と思った。

 

意味を説明して例文も教えたら「カキマス!」といってスマホのメモ帳に文章として書き残していた。

 

「アナタカワイイ、ミンナニシナイヨ!」と言ってくれて、お世辞でも何と優しいおじさま…!そして日本語がお上手…!!!ありがとう!!!!という気持ちでいっぱい!!

 

8:30〜9:00の30分間で起きた出来事とは思えないくらいに濃い時間だった。

親切なおじさま、どうもありがとう!

日本を好きになってくれて、日本に来てくれてありがとう!!!